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そして、その意味で、自分が今取り組んでいることを振り返ってみると、
全然それに対して、意味づけをさせられていなかった様に思う。
何となく好きだから、取り組んできた。
でもこれは、本当に好きだからやり続けられてきたんだなあと思う。
そう、好きなことなら、意味づけしなくても、そう言う風に進んでいってしまうものなのだ。
好きじゃないから、わざわざ時間をとって、意味づけ、自分を納得させる作業が必要になるのだ。
だから、言いたいことは、もしあなたが大人なら、自分の好きなことを好きな様になろうと言うことだ。
でもそれができない人は多い。
それは、教育のせいでもある。f
それは、自分のいしか。
何かをするとき、それは本当に自分の意思でしているだろうか?
これは当たり前なのだが、人は自分で納得したことしか本気になれない。
もちろん、この世の中、自分で全てを決めることはできない。
子供のうちは、親の言うことを聞かなければいけないだろうし、
学校では先生の言うことを聞かなければならない。
でも、その中でも頑張れるやつと頑張れない奴がいる。
その違いは、他人の意見を、やれと言うことを、自分自身に納得させられているだろうかと言うことだ。
例えば宿題は確かに先生から出されるもので、ほぼ強制的にやらないといけないものだ。
それをやるものとやれないものがいる。
この違いは宿題の必要性を自分自身に納得させられているかどうかだと思う。
宿題をやる意味を分からなくても怒られたりしながらやれば宿題はできるだろうが、
それでは宿題をやっても身につかないし、何なら勉強を嫌いになるだろう。
だから、何かをやるときに、もしやる気がないのなら、それをやる必然性を、自分自身にプレゼン、説得してみれば良いのだ。
全てに意味があった、あると思う。
その最中にいるときには、意味に気づけなくて、振り返ってみると、その点が繋がって見えて、そしてその一つ一つの点、全てに意味がある様に見える。
スティーブジョブスもそんなことを言っていたけれど、自分も今、人生を振り返って見て、本当に心の底からそう思う。
そこにいたときには、本当に無意味に思えて、こんなことをやっていて何になるんだって思っていた。でもそれには意味があったし、これからもそんな経験をたくさんして、死ぬ前に最後にもきっと、全てに意味があったことに気づかされるのだろう。
伏線みたいなもので、一歩でも、文字通り一歩でも違っていたら自分はここにいないのだと思う。
例えば、電車で通学していたときに、もし、一歩でも前に進んでいたら、僕はここにはいない。そしてなぜこんなことを言うのかと言うと、それをしようと思っていたからだ。ここで一歩前に出れば、こんな苦痛を味合わなくて良いのでは?って本気で思っていた。
でもそれができなかったのは、なぜだかわからない。
ペットがいたからかもしれないし、それをすれば悲しむ家族がいると思ってしまったからかもしれない。そしてそれでよかった。
そこで死ななかったから、僕はここにいる。
生きている。
逆にちょっとした決断のせいで、この世にはもういない人もたくさんいることだろう。
僕が死んでいればその人は死ななかったかもしれないし、その逆だってあるはずだ。
例えば、誰かが自○したことによって、電車が遅れて、それによって、自殺をできなくて思いとどまった人とかね。もちろんそれが良いことか悪いことかは言えないけど。
もしかするとそれが運命なのかもしれないけれど、それは酷だよなあ。
神様も、もっと良い感じでサポートしてくれれば、もっと楽に人生を歩めると思うのだが、そう言う苦痛を与えないとこいつは変わらないぜって知ってるから、こう言う風にするのかな。
そうだと思うと、なんか面白いね。
確かに、自分は、ちょっとしたことで変わる様な人間ではない。笑
もっと楽に、変われる方法があっても、きっと自分は変わらない。
ここまでされて、ようやく気付いた。
そして、自分の人生の意味を、これから作り上げていこうと思う。
1から、0から。
それを理解して、世界を作る、
自分の、世界を作り上げたい。
どんな人間でも、適切な場所で、適切な環境で、適切な感情を持てば、
絶対に夢が叶うと。
自分で自分の力を押さえていた・
抑圧、自分を抑えて生きてきた。
嫌いなものや人を相手にしても、我慢して我慢して我慢してきた。
それはもちろん、子供の頃なら必要なことだろう。
だって、そうしないと生きていけないから、
でも今は違う。
嫌いなものは嫌いで良いし、嫌な人相手に良い顔をする必要はない。
嫌われても良いのだ。
たとえ嫌われても、他に好いてくれる人が良いし、
自分が自分を好きならそれで良い。
自分で自分を嫌いになるのが一番いけないんだ。
それを、
乗り越えたい、脱却したい。
自分のしんどい思いをしてきた、原因を乗り越えたい。
あの頃は、避けられず、超えられない圧倒的な壁の様なものだった、
本気で怖かったっし、モンスター怪物の様なものとして捉えていた。
外面だけは良いから、周りから見ればそう言う風に見えなかったかもだが。
でも心理的安全のない場所だった、だから怖かった、ずっとずっと。
捨てられるのが怖かった。
両親は冗談として、捨てるぞとか、君は拾ってきた子供だ、
だから簡単に捨てられる、市役所に預けるぞなんて言ってきたが、
本当に子供の自分からすればそれは不安だった。
しかも、自分は自分の能力がないと信じていたから余計に怖かった。
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そして、これからは、なんでも良いから取り組もうと思う。
無能の証明を捨てて、